このエリアにHTML要素を追加する
景気対策はなぜやめにくい?高橋是清に学ぶ出口戦略



※本音声は、記事をもとにAIを活用して制作しています。一部、発音やイントネーション、漢字の読み方が不自然または正確でない場合がありますので、あらかじめご了承ください。
景気が悪化したとき、政府は公共事業を増やしたり、中央銀行は金融を緩和したりして、経済を支えようとします。
こうした危機対応は必要になることがあります。しかし、本当に難しいのは、対策を始めることよりも、状況が改善した後に終わらせることかもしれません。
昭和恐慌からの回復を支えた人物として知られる高橋是清(たかはし・これきよ)も、この問題に直面しました。
高橋は大胆な景気対策によって日本経済の回復を後押ししましたが、その後、財政支出や軍事費を抑えようとすると強い反発を受けます。
高橋財政が教えてくれるのは、対策は始めるだけでは不十分だということです。
いつ、どのように終えるかまで考えておかなければなりません。

高橋是清とはどのような人物?

高橋是清は、日本銀行総裁や大蔵大臣などを歴任し、昭和恐慌からの経済回復において「高橋財政」と呼ばれる重要な政策転換を主導した人物です。
高橋是清は1854年に江戸で生まれ、官僚、銀行家、政治家として活動しました。
日本銀行総裁、大蔵大臣、内閣総理大臣などを歴任し、日露戦争では外債募集による戦費調達にも携わっています。
なかでも広く知られているのが、1931年末に大蔵大臣へ就任してから進めた昭和恐慌への対応です。
この時期の政策は「高橋財政」と呼ばれます。
ただ、高橋財政は単なる財政支出の拡大だけを指すものではありません。為替政策、金融政策、財政政策を組み合わせた一連の経済政策でした。
また、「高橋是清が一人で日本経済を救った」と考えるのも正確ではありません。
景気回復には、為替相場の変化、海外経済、企業活動など、さまざまな要因が影響しています。
そのうえで、高橋が進めた政策転換は、日本が昭和恐慌から抜け出すうえで重要な役割を果たしました。
昭和恐慌とは? なぜ日本経済は深刻な不況に陥ったのか

1929年、アメリカの株価暴落をきっかけに世界恐慌が広がりました。
当時の日本では、それ以前から第一次世界大戦後の反動不況や金融不安、企業の経営不振が続いていました。
さらに1930年、金輸出が解禁され、日本は国際金本位制へ復帰します。
そこへ世界恐慌が重なり、輸出や生産が減少しました。物価や農産物価格も下落し、企業や農村の収入が減っていきます。
一方、商品価格や収入が下がっても、借金の返済額まで自動的に減るわけではありません。
企業、農村、家計へ深刻な影響が広がった不況が、一般に昭和恐慌と呼ばれています。

高橋財政とは? 昭和恐慌に対応した3つの柱

高橋財政は、金輸出再禁止、金融緩和、財政支出の拡大、国債の日銀引受けを組み合わせた政策であり、これによって日本経済は比較的早く回復へ向かいました。
高橋財政とは、金輸出再禁止、金融緩和、財政支出、国債の日銀引受けなどを組み合わせ、昭和恐慌からの回復を目指した経済政策です。
1931年12月、高橋是清は犬養毅内閣の大蔵大臣に就任しました。
高橋が進めた政策は、大きく3つの柱に整理できます。
1.金輸出を再び禁止した

高橋は大蔵大臣への就任後、金輸出を再び禁止しました。
これにより、日本は事実上、金本位制から離脱します。
金との交換関係を維持する制約が弱まり、金融緩和や財政支出を行いやすくなりました。
円相場も下落し、日本の輸出品は海外市場で価格競争力を持ちやすくなります。
もっとも、高橋の政策は、単に円安を目指したものではありません。
重要だったのは、金本位制の制約から離れ、デフレを抑えながら国内経済を支える政策へ転換できるようになったことです。
2.政府支出と金融緩和で景気を支えた
高橋は、農村救済や公共事業、軍事費などを含む政府支出を拡大しました。
不況になると、企業は設備投資を控え、家計も消費を抑える傾向があり、商品が売れなくなれば企業収益が減り、雇用や賃金が縮小し、家計はさらに支出を減らします。
そのような状況下で、政府が公共事業などを増やせば、仕事や所得が生まれ、落ち込んだ消費や投資を支えることができるといったわけです。
財務省財務総合政策研究所の資料では、高橋財政の前半に大幅な財政出動が行われた一方、増税を避けたため財政赤字が累積したと説明されています。
支出を増やした分だけ、資金をどう調達し、景気回復後に赤字をどう減らすかが課題になりました。
3.国債を日本銀行がいったん引き受けた

政府が税収を上回る支出を行うには、不足する資金を国債などで調達する必要があります。
高橋財政では、日本銀行が政府の発行する国債をいったん引き受け、その多くを金融市場へ売却する仕組みが本格的に用いられました。
この方法により、国債発行を円滑にし、景気対策に必要な資金を確保しやすくなります。
一方、日本銀行の引受けを前提に国債を発行できる状態が続けば、政府が歳出を抑える力が弱くなるおそれがあります。
日本銀行の研究資料でも、金本位制離脱後は、それまで財政を規律づけていた仕組みが失われるなかで、国債の日銀引受けを伴う財政拡大が行われたことが、財政規律の低下につながったとの見方が示されています。
危機対応とした資金調達の仕組みは、長期化すれば財政を膨張させる要因になり得たのです。
金輸出再禁止、円相場の下落、財政支出の拡大、金融緩和などにより、日本経済は比較的早く回復へ向かったと評価されています。輸出や生産が持ち直し、物価下落にも変化が見られるようになりました。
景気対策は、回復したかどうかだけでは評価できません。回復後に政策を平常時の規模へ戻せたかも重要です。
不況時に増やした支出や国債発行は、拡大し続ければ財政悪化や物価上昇になる可能性があります。
経済状況が変われば、危機対応として始めた政策も見直さなければなりません。

景気回復後、高橋は出口戦略を目指した
景気回復の兆しが見えた後、高橋は財政の正常化(出口戦略)を目指しましたが、一度拡大した支出や仕組みを縮小することは困難を極めました。
1930年代半ばになると、日本経済には回復の動きが見られました。
高橋は、財政支出と国債発行を無制限に増やし続けることには慎重でした。特に軍事費の膨張を抑え、財政を平常時の運営へ戻そうとします。
現在の言葉でいえば、これが出口戦略です。
出口戦略とは、景気対策や特別な支援を、経済への悪影響を抑えながら段階的に縮小・終了する方針を指します。
財務省の資料によると、1935年度と1936年度には新規公債発行額を減らし、臨時利得税を創設するなど、財政正常化への取り組みが進められていました。
しかし、一度増えた予算を減らすことは簡単ではありませんでした。
高橋財政の出口戦略はなぜ難しかったのか
高橋財政が終わらせにくくなったのは、政策が失敗したからではありません。
むしろ、政府支出が景気や組織の活動を支えるようになったため、縮小しにくくなりました。
■支出を受け取る側に利益が生まれる
公共事業、補助金、軍事費などが増えれば、関係する企業や組織の仕事と収入も増えます。予算が活動の前提となった後に削減すれば、仕事や権限を失う可能性があるため、受け取る側の反発が強まります。
■景気が再び悪化する不安がある
景気が回復しても、支出を減らした途端に不況へ戻るのではないかという心配があります。出口が早すぎれば回復を妨げる可能性があり、遅すぎれば財政膨張や物価上昇につながりかねません。適切な時期を判断すること自体が難しいのです。
■緊急措置が通常の仕組みに変わる
国債の日銀引受けは、恐慌への対応として導入されました。しかし、一度利用できる資金調達の仕組みになると、それを前提に予算が組まれやすくなります。臨時の仕組みが当たり前になれば、やめるタイミングはさらに分からなくなります。
高橋の財政正常化は道半ばに終わった
高橋は軍事費の膨張を抑えようとし、軍部との対立を深めました。
1936年2月26日、陸軍青年将校らが政府要人を襲撃した二・二六事件が発生し、高橋も殺害されます。
二・二六事件には、政治、軍事、思想など複数の背景があります。高橋による軍事費抑制だけを事件の原因とすることはできません。
ただし、国立国会図書館は、高橋が軍事費抑制方針を示して軍部と対立し、二・二六事件で暗殺されたと紹介しています。
高橋の死後、軍事費や国債発行の拡大に対する財政面からの歯止めは次第に弱まりました。
二・二六事件の直後に、すべてが一気に戦時財政へ切り替わったと単純に考えるべきではありません。その後の政治判断や制度変更を経ながら、赤字公債と軍事費の拡大が進んでいきました。
高橋財政そのものが失敗だったわけではありません。問題は、効果のあった政策を、状況に合わせて縮小する仕組みや合意を十分に作れなかったことです。

高橋是清から学ぶ家計の出口戦略

国の財政と同様に、家計でも緊急時に始めた対応が常態化するリスクがあります。始める前に終了条件を決め、出口戦略を意識することが重要です。
国の財政と個人の家計では、制度も規模も目的も異なります。ただし、緊急時に始めた対応が、いつの間にか通常の支出になるという問題は、家計でも起こります。
- 1. 始める前に終了条件を決める
収入が減ったとき、貯金を取り崩したり、一時的に支払い方法を変えたりすることがあります。その場合は、「収入が元に戻るまで」 「3か月間だけ」「特定の借入れを返済するまで」など、期限や終了条件を先に決めておきましょう。条件を決めないまま始めると、臨時の対応が長期化しやすくなります。 - 2. 一時的な収入で固定費を増やさない
賞与や臨時収入が増えたからといって、住宅費、車、保険、サブスクリプションなどの固定費を増やすと、収入が減ったときに簡単には戻せません。一時的な収入を、毎月続く収入と同じように考えないことが大切です。 - 3. 貯金や借入れを続ける限度を決める
生活費が不足したときに貯金を使うこと自体は、必ずしも悪いことではありません。ただし、取り崩しや借入れを繰り返せば、いずれ家計の余力が失われます。貯蓄が一定額を下回ったら支出を見直すなど、あらかじめ下限を決めておく方法があります。借入れを利用する場合は、返済額や返済期間を確認し、家計への負担が大きくなる前に支出全体を見直すことが重要です。 - 4. 投資では使う時期と取り崩し方を考える
投資にも出口は必要です。運用する目的、使う予定の時期、許容できる損失の範囲、売却や取り崩しの条件を事前に整理しておきましょう。目標を決めず、短期的な値動きだけで売買を続けると、本来の目的を見失いやすくなります。
何のためのお金なのかを決め、使う時期や取り崩し方まで考える。これが家計の出口戦略です。

まとめ|始めるときに、やめ方まで決めよう

高橋是清が進めた高橋財政は、日本経済が昭和恐慌から抜け出す重要な役割を果たしました。
一方、景気回復後に財政支出や軍事費を抑えようとすると、強い反発が生まれます。危機対応として有効だった政策でも、長く続けば、縮小することが難しくなる場合があります。
高橋財政から学べるのは、対策を始める段階で、いつ、どの条件で終了するのかも考えておく必要があるということです。
家計でも、貯金の取り崩しや借入れ、固定費の増加など、一時的な対応が必要なことがあります。
苦しい状況を乗り切るための対策が、その後の家計を苦しめる負担にならないよう、始め方と一緒にやめ方も決めておきましょう。

高橋財政と出口戦略に関するQ&A
Q1. 高橋財政とは何ですか?
A. 高橋財政とは、1931年末以降、高橋是清が進めた金輸出再禁止、財政支出の拡大、国債の日銀引受け、金融緩和などを組み合わせた経済政策です。
為替、金融、財政を含む一連の政策によって、昭和恐慌からの回復を支えました。
Q2. 国債の日銀引受けとはどのような仕組みですか?
A. 日本銀行が政府の発行する国債をいったん引き受け、多くを金融市場へ売却する仕組みです。
当時は国債発行を円滑にする効果がありましたが、長期化すれば政府の歳出を抑える規律が弱くなるおそれがありました。
Q3. 高橋財政から家計管理で何を学べますか?
A. 貯金の取り崩しや借入れなど、一時的な対応を始めるときは、終了する時期や条件も決めておくことです。
臨時の対応が固定的な支出や借金へ変わらないよう、出口を用意する必要があります。
【注意事項】
- 本記事に掲載する情報については、正確性・完全性の確保に努めておりますが、その内容を保証するものではありません。
- 本記事は、資産運用やFX取引に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の取引手法やサービスの利用を推奨・勧誘するものではありません。
- 投資に関する最終的な判断は、お客様ご自身の責任において行っていただきますようお願いいたします。
なお、本記事の閲覧または利用により生じたいかなる損害についても、著者および株式会社アイネット証券は一切の責任を負いかねます。